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「アート」とは「言語(ことば)」である [コラム~アートで心豊かな生活を]

カフェ・ギャラリーを営んで10年の間、常に考え続けてきたことがあります。
それが

「人に感動を与える作品とはどういうモノなのか?」
「伝える、伝わる、とはどういうことなのか?」

と言うこと。

店で展示しているアートや、毎週開催している音楽ライヴなどを通じて、いつも考えさせられてきました。

誰かにとても強く感動を与えるモノは、そこから何が発信されているのか?
そしてそれを受け取る受信者とどう関係があるのか?
感動を呼ぶことは、「発信」と「受信」どちらの影響が強いのか?
それとも両者とも同時に同じモノを授受するから感動を呼ぶのか?
絵など、完成した作品を後から観るような場合でも感動を呼ぶのはなぜなのか?

などなど・・・今までもその時々に起こった出来事やインスピレーションなどから、これが「答え」なのか?と思うコトを通過してきました。
そして、先日来、立て続けに起こった「涙」の出来事が、また私を導いてくれました。

それが

「アートとは言語(ことば)である」

ということ。


「涙」の出来事。
一つ目は今月展示中の『宮前真咲ボタニカルアート展』での出来事でした。
ある若い女性のお客様、恐らく当店には初めていらっしゃった方と思いますが、その方が展示中の作品をご覧になって流された「涙」。
その方は作品から多くのメッセージを受け取り、自分の背中を押してくれたように感じたそうです。

その方が強く惹かれた作品は画像中央の「寒ぼたん」でした。
miamae2.JPG

そしてもう一つは火曜日に開催された山下TOPO洋平さん(ケーナ&サンポーニャ)と上野山英里さん(ピアノ)のデュオライヴ中での出来事でした。
このお二人の演奏を初めて聴かれたある若い男性のお客様が、曲の途中で流された「涙」。その曲が終わって次の曲までも止まらず、ライヴ終了後にもまた蘇って込み上げてきた「涙」。
曲を聴きながら、力強く進みなさいと言われているような気がしたそうです。

その方が涙した曲は「Strength」という曲でした。
Strength.jpg


そしてそのライヴでの出来事を見ていた時、あの言葉が浮かんできたのでした。

「アートとは言語(ことば)である」


絵 や 音楽 や 踊り や もしかすると料理もそうかもしれませんが、私たちが普段話したり聞いたりする日本語と同じように、それらも「言語(ことば)」なのだな、と。

つまり、その「言語(ことば)」を理解する者同士であれば、きちんと伝わる。

絵のように、生まれたその瞬間を共にする音楽や踊りと違って、時を経て対峙する場合であっても、その絵として書かれた「言語(ことば)」を理解できる者にはきちんと伝わる。

もちろん、その大前提としてその作品には”意志ある”「言語(ことば)」が乗っていないと伝わりません。

絵 と 単なる図 との、
音楽 と 単なる音 との、
踊り と 単なる動き との、
料理 と 単なる食材 との違い。

そこに「言語(ことば)」が書かれているか。

先日のライヴでピアニストの上野山さんが仰っていました。
よく自分たちの音楽を説明しなくてはいけない場面があるが、一言で説明するのはとても難しい。
言葉で説明できれば音楽を作る必要もないわけで。だからこそ曲で表現している。
それでも言葉で説明できれば便利ですけどね。・・・と。

人は何かの意志を自分以外に伝える手段として「言語(ことば)」を発するようになったけれど、「言語(ことば)」は日本語や英語やイタリア語や中国語などの文字を音にして発したモノだけでなくて、様々な表現方法でもあるということなのだろうと思います。

もちろん、象形文字など文字の原型は図だったので、これは当たり前と言えば当たり前のことかもしれません。
それでも、私にとっての「アートとは?」「感動を与えるとは?」の問いに対しては一つの答えとなりました。

ちなみに「人工的な」と言う意味の英語は「artificial」と言うそうです。
アートも言葉も、人はすごいものを生み出したものですね。

・・・今回導かれたこの「答え」も、単に一つの通過点に過ぎないかもしれません。また次の「答え」が見つかった時にはこちらでシェアしたいと思います。
この文を読まれた方でご意見・ご感想がある方はぜひお寄せ下さいね。


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